バブル崩壊の誤算から始まった改革
福岡は中洲川端商店街の入り口に立つ、みどりや仏壇店。明治6年創業の老舗だ。5代目の吉川和毅さんは元ソフトウェア技術者。国立天文台ハワイ観測所にある「すばる望遠鏡」の制御ソフトや、初期のカメラ付き携帯電話の開発にも携わったという。
吉川さんがみどりや仏壇店に戻ったのは、2001年のこと。仏壇の売上は、じわじわと低下していた。
天武天皇の時代から1300年以上の歴史を誇る仏壇。庶民にも広まったのは江戸時代初期のこと。皆がいずれかの寺院の檀家となる寺請制度を機に普及し、信仰と先祖供養が同時に行われる現在の形になった。それゆえ、仏教徒が多い国の中でも、家に仏壇があるのは日本だけだと言われている。
黄金期は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた1970年代後半から80年代。みどりや仏壇店も1日に1000万円売り上げた日があったという。これが永遠に続くはずだった。
「昔は『30年続いた仏壇店は未来永劫続く』と言われていました。定期的にクルマを買い替えるのと同じように、仏壇も30~50年で新しくするか、お洗濯といって新品同様に直す習わしでした。要は、買い替えやメンテナンスでビジネスが継続できたというわけです。それがいざ継いでみたら、『なんじゃこら』という」
初めは一過性の売上ダウンだと楽観する空気があった。仏壇業界に限った話ではない。「失われた30年」は、こうしていつの間にか始まっていたのだ。
300冊超の手書きの顧客名簿 5代目の手で顧客管理システムを構築
経営課題は他にもあった。一番厄介だったのは手書きの顧客名簿だ。1980年から購入者の氏名、住所、宗派、購入商品、金額などを記録し続けたもので、300冊以上に及んでいた。「12年前に買った父のお位牌と同じものを母にもください」という問い合わせがあると、同じお位牌とはどれのことなのか、数人がかりで12年前あたりの帳面を探さなければならなかった。人の記憶は曖昧なもので、下手したら本当は15年前だったりする。必要な情報にたどり着くだけで一苦労だったのだ。
紙の運用に限界を感じた吉川さんは、技術者時代に取った杵柄で、Microsoft SQL Serverを活用した顧客管理システムを構築。翌年には、必要な情報がすぐに導き出せるようになった。
DX専門家の伴走で、社内システムを次々クラウド化
20年後の2022年、吉川さんは再び2つの経営課題に直面した。会計ソフトの導入と20年前の最適解で作った顧客管理システムの刷新だ。吉川さんは、中小企業のDXに力を入れている福岡商工会議所に相談。そこで引き合わされたのが、企業のDX伴走者として活動する、ライクブルーの池田治彦さんだった。
吉川さんは、「これまでのシステムにとらわれない発想が重要だった」と振り返る。クラウドの登場で、ITは20年前とは比較にならないほど簡単・安価に活用できるようになった。だが、技術者だった吉川さんだからこそ、過去の知見に固執してしまう可能性もあっただろう。吉川さんの柔軟性と探究心、池田さんとの信頼関係がスムーズなクラウド移行につながったと言える。
顧客管理システム刷新後、みどりや仏壇店は、初盆のタイミングや購入履歴などをもとにダイレクトメールを送付し、顧客一人ひとりに合わせたマーケティングを展開している。これまで積極的なPRをしてこなかった同社にとって大きな一歩だ。また、クラウド型POSレジシステム「スマレジ」で販売管理のモダナイズにも着手。データライフサイクルに沿って管理することで、次の経営戦略も見えてくるはずだ。
従業員に起きたマインドチェンジ
DXには思わぬ副次効果も。従業員の間に「変えていいんだ」という意識が広がり、アイデアがどんどん出てくるようになったのだ。
ある日のこと、事務の猪野さんが、倉庫から般若心経が書かれた10本の扇子を持ち出してきた。30年間売れ残っていたものだが、「日本文化が好きな外国人観光客なら興味を持ってくれるのでは」と言うのだ。「Sutra Fan(お経の扇子)」とPOPを添えて店に並べたら、なんと1週間で完売。工夫すれば売れるんだ――みんながその面白さに気付き、倉庫からどんどん掘り出し物を持ってきてくれるようになったという。
Amazonでネット販売に挑戦 倉庫で眠る仏具に美術品としての新たな価値を
みどりや仏壇店の改革は、店に終わらない。倉庫に眠る仏具をAmazonで販売する準備を進めている。仏具としての価値はもちろん、美術品や伝統的工芸品としての魅力をアピールすることで、新たな顧客を開拓したいという。
顧客のニーズに寄り添ったら、これからの仏壇のあり方が見えてきた
仏壇には、長い歴史の中で培われてきた慣習や固定観念がある。吉川さんは、これらをあえて一旦忘れ、今の顧客のニーズに寄り添うことが新たな出発点になると考えている。
現在の仏壇は、江戸時代からの流れで、信仰と先祖供養の2つの役割を担っている。だが、多くの人はすでに、仏壇を先祖供養のためのものと捉えているのではないだろうか。愛する人を亡くした悲しみを癒す、グリーフケア(遺族ケア)にも有効だと言われている。
実は、多くの宗教において信仰対象は神様や仏様であり、先祖供養という概念は、信仰とは切り離されたところにあるという。一方で、先祖を大切に思う気持ちは世界共通だろう。つまり、仏壇は先祖供養のためのものとした方が、さまざまな宗教を信仰する世界中の人々に売りやすくなる――という考え方もできなくはないわけだ。
新風は吹き込んでいる。みどりや仏壇店にも、カラフルな仏壇や賃貸マンションの壁に合わせた白い仏壇が並ぶ。ペット向けのお位牌や骨壷の需要も高まっている。もしかすると、新たな価値観を創り出すことが、仏壇業界の再興には不可欠なのかもしれない。
職人の技術をつなぐために、悪しき商習慣を断ち切る
吉川さんは再び仏壇業界を盛り上げ、「仏壇職人の技術継承を支えたい」と力を込める。
「その視点に立つと、値引きが常態化しているのはおかしいと気付きました。仏壇は型落ちという概念がなく、古くなっても価値が下がるものではありません。昔は定価か、せめて5%引きで売っていたのに、売れ行きが厳しくなるにつれて3割、4割引きが当たり前になっていきました。仏壇・仏具は安くなるものという風潮づくりに、自ら加担してしまっていたのです。見直さなければなりません」
自社だけでなく、業界全体が活気を取り戻すにはどうすればいいのか。大企業でもサプライチェーン全体の共存共栄は難しく、常にコスト削減を求められる調達部門などでは葛藤を抱えている人も多い。ゼロから1を作り出す人たちが割を食う構造は、どの業界も変えていかなければならない。みどりや仏壇店の挑戦は続く。